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| 古来より、その効能が認められ、多くの人々が入湯に訪れた草津温泉。湯治のために、長期滞在をし、「時間湯」という方法で、その病を治して行きました。江戸時代には、徳川将軍の耳にも、草津温泉の効能は伝わり、お汲み上げを致しました。歴史は変わり、第二次世界大戦後、草津温泉は観光としても、繁栄し、現在に至っております。 観光としてお見えになり、お泊りになられた宿の温泉に入る。そんな現在の入湯方法に加え、古き良き時代の入湯方法を再現しようと、12軒(現在は、14軒)の、しにせ宿が集まり、各お宿の温泉を、日帰りで入湯できる「内湯めぐり」を、昭和59年に開始しました。そして、その14軒の、しにせ宿を総称して、「和風村」と、名付けました。 |
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| 初代熱の湯・湯長野島小八郎の碑 野島小八郎は、越後の人で、明治11(1878)年に草津温泉へ来浴し、2年後に、初代「熱の湯」(現在は、湯もみの観覧施設)の湯長となり、31年間、湯治客の為に心身をつくしました。「時間湯」の確立に残した功績を讃え、碑を建立しました。 |
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入浴逝者供養塔 |
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大切な湯治客 |
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| 体質改善・刺激療法として時間湯という入湯方法が行われていました。タダレを出すという、やり方で、当時(江戸時代〜昭和・戦時中)においては、
あらゆる病気に最適とされ、心臓病・リュウマチ・結核・性病等々、 患った者は、時間湯によって、完治したと、云われております。 最初に、湯長の診断を受け、まず、湯揉みをする。(この時、温度52〜56度) また、唄をうたうことで、蒸気を吸い込み、全身から汗を出し、準備運動をする。 これにより、温泉ガスの成分(硫化水素)を撹拌させる。 入湯前に、頭にひしゃくで、30杯ほどの湯をかける(この時、温度47〜49度)。 これは、頭の血管を膨張させて血液の流を良くさせておき、更に、のぼせないように するため。(後頭部には、かけないでおく) そして、一斉に集団で浴槽に入る。3分経ったら、一斉に出る。 これを、一日5回くらい、時間を決めて行う。 それを、何ヶ月か、病気が治るまで繰り返しました。 その時間湯は、熱の湯、松の湯、千代の湯、鷲の湯、地蔵の湯、 そして旅館・望雲館で、行われ、各温泉には、入湯方法を指導する湯長がおりました。その湯長の号令に指示に従い、入湯を繰り返したのですが、湯長も、健康状態の良い人を見極め、先に入湯させたり、入湯中も、具合が悪くなった人はいないか、 全員に目を配ったりしなくてはならないので、責任重大でした。湯長の長年の経験と、実績から、初めて入湯する人を見ただけでも、 どのくらいの期間入湯すれば、完治するか、日に何度入湯したらよいか、 判断できたので、まるでお医者さんのようでした。 現在、時間湯を行っているのは、「地蔵の湯」「千代の湯」だけになってしまいましたが、今も尚、利用することができます。時間湯としての入湯には湯長の許可が必要で、少なくとも1週間程度通う必要があります。療養目的の施設であるので、観光目的の体験入浴や見学はお断りさせて頂いております。また、「テルメテルメ」では時間湯体験が可能です。 |
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